【出産体験談】里帰りは突然に、、、切迫流産を越えて

個人病院|無痛分娩予定→自然分娩|2人目|女の子|立ち会い有


里帰りで第二子の女の子を出産したA.I.さんの体験談です。(コロナ禍前のエピソードです)

「2人目も里帰りしようかな~個室だしご飯美味しいし」
ぼんやり考えていた筆者、そこから
突然の切迫流産!→子連れ里帰り→手術→生誕!
そんな怒涛の2人目出産エピソードです。

元気だと思っていたけど切迫流産でした

春も近づいてきた頃、切迫流産の診断を受けました。
子宮頸管長とは、平たくいうと出口の閉じ具合です。
臨月の妊婦さんで大体2センチくらいだそうです。
その時私は2.2センチ。ほぼ臨月状態でした。。。
直接提携の病院に入院という話も出た程でしたが、
自宅で寝たきりの生活がスタートしました。

上の子も大事だけど産まれてくる子も大切

突然の就労禁止となり予定より2、3ヶ月早く産休に入ることに。
丸投げした会社のことや目の前にいる上の子のことばかり考えてしまいますが、
お腹の子をまずは第一にと、里帰りを決めました。
(帰省までの2週間は旦那さんや義理の母、ネットスーパー、あらゆるものにお世話になりました)

上の子は自然をエンジョイ

安静のため上の子の相手はできず、祖父母は仕事があるため、実家近くの保育園に一時預かりをお願いしました。
※練馬区保育園の籍を維持しつつ別の保育園に通うのは結構費用がかかりました。が、この時は安静第一。
練馬以上に自然に囲まれた保育園で、貴重な経験ができました。
半年弱通ったので本人の記憶にも残っているようです。

でも母体は手術へ

無事に産まれないかもしれない恐怖に苛まれ、横になっていることしかできないもどかしさを感じる日々。
やっと切迫流産から切迫早産に移行したあたりで、
「・・・お腹が規則的に張っている?」と慌てて病院を受診、子宮頸管長が1.7センチまで短くなっていました。

「お産が始まろうとしている」ためそのまま入院。歩いて入った診察室を車椅子で出ました。
翌日子宮頸管を縛る手術をし、その後の経過は良好でしたが
退院時に主治医先生の仰った、
「これで大丈夫。ただ、今までで1人だけ縫い目を突き破って出てきたケースがあった」
を思い出すとひゅっとなります。

臨月になっても意外と産まれない

その後無事臨月を迎え抜糸を行い、気持ちも準備も万端!
上の子38週だったので下の子は37週で生まれるのでは?と吹聴していたのに中々産まれず。
体重も十分だったため階段を2段ぐらい踏み台昇降してみたり、
家で一人カラオケしてみたりして過ごし数日、、、

ビシャッ

これは破水?尿漏れ?

透明な液体をやらかしました。。。
違ったら恥ずかしいだけだけど破水だったら大変だと重い
祖母に連絡しつつタクシーで一人病院に向かいました。

なんだ尿漏れかーと思いきや子宮口4センチOPEN

病院で検査をしてもらい尿漏れだと判明。
お腹の張りも測って陣痛がきていないことを確認、
ついでに閉じ口の状態も検査してもらうと、

すでに子宮口4センチ開いていました。
そのまま入院しました。

ノリで無痛分娩→自然分娩に切り替え

翌朝分娩台に乗った時点で子宮口は6センチ。
前回無痛分娩だったため今回も無痛を希望していました。
しかし、主治医さんと助産師さんの
「上の子の時も早かったし普通でいけるよ!促進剤入れて産んじゃおう!」
「麻酔のお金高いし!進んだら和痛してあげるね!こっちは安い」
「いけるいける!」
という声に励まされ?ノリで自然分娩に変更しました。
この時点でそこまで痛くなかったからかもしれません。
チョキンと破水し、促進剤IN。
携帯で上の子の様子を伺いながら全開大の10センチを待ったのでした。

爆速で生誕

促進剤の効果もあり急激に痛み出し、早々に10センチへ。
お医者さんや助産師さんが慌ただしく準備する中、旦那さんはトイレに行きました。
お医者さん「待ちましょう」
私「いや無理です!!」
今思えばどれだけ時間がかかるか不明なので気持ちはわかりますが、一生いじるネタになるところでした。

母子手帳に書いてある出産時間は1時間17分。産まれました。
止まらない出血のせいか、顔色が梨のような土気色だったそうです。実際意識が薄れてとても眠かったです。
出血の処置をして、分娩台を後にしたのは12時間後でした。

上の子と下の子の初めましてはただただ感動

下の子は今日から赤ちゃんとして生きていきますが、上の子は今日からお兄ちゃんとして生きていきます。
お手手を触りながら「にぃにだよー」と挨拶する写真は
何度見てもあたたかい気持ちになります